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ギャラリー

こんなところ走りました 

      
 

襟裳岬の端(はし)にあったものは…お知らせ

今回のレポートは、ドライブではありませんが、たぶん興味深い内容だと思います。

昭和46年版の道路地図帳をなんとなく眺めていると・・・
 

襟裳岬の先端に → 有料橋
端(ハシ)に…橋(ハシ)??
って… ???襟裳岬に橋??? そんなのありましたっけ?(1) 。

襟裳岬の端まで行ったことあるし、再度訪問前からそんな橋は現在ないことは判っているけど、 ネットで検索してもその有料橋があったかどうかということは判らなかったので、 2008年秋、襟裳岬まで行ってみました。
しかし… 天候不順で、残念ながら襟裳岬の端までは行って橋の遺構が残っているかどうか確認するのは断念しました。
レポート終了です。
……




はるばる襟裳岬まで来たにもかかわらず、何も判らないまま帰るわけにもいかないので、襟裳岬 風の館の職員(学芸員?)に、橋のことを聞いてみました。
何時からあるのかは、判らないけども、昭和50年にはなかったということでした。
 

両親が北海道に転勤してきた際に買ったであろう、昭和43年発売の「カラー北海道」:山と渓谷社、を見ると、そこには、橋の姿があります。 現在のものと比べてください。
(「カラー北海道」:山と渓谷社から引用)

 
拡大すると橋を歩く人たちが写っております。

 
現在は、岩場との間に柱が立っております


造られた年月がわからないのですが、昭和40年代初頭?もしかすれば30年代に作られた可能性もあります。 森進一の「襟裳岬」が昭和49年発売ですが、そのころには橋はなくなっていた可能性もあります。

この橋は、町で作ったのでしょうか?それとも個人が作ったのでしょうか? 拡大すると橋を歩く人たちが映っております 観光シーズンの夏場だけの橋だったみたいですが、天候不良時はもちろん橋は通行止でしょう。
橋渡っても、景色がとても良いとも思えませんし。 有料橋は元をとったとは思えないのですが…。

2008年12月 記

その後の追記 2009年2月
えりも町在住の船長様からの情報です。 襟裳岬の橋について、判明した分を報告します。
町史にも写真はあったのですが、橋についての詳細が分からず、地元の人(といっても父ですが)にききました。
あの橋は、当時襟裳岬にあった「えりも荘」という旅館を経営していたTさんを中心にゼニガタアザラシなどのウォッチングができるようにというねらいで架けられました。
ところが、台風で橋が壊れ、修理しようと進めていたところ、国定公園化の話が出てきて、景観上・環境保護上の問題等で橋を架けられなくなったということだそうです。 襟裳岬が国定公園になったのは1981年頃なので、本当に1970年代の一時期だけにあった橋のようです。


  
2008年訪問した際に寄ったえりも岬の売店で、国定公園に指定される前の道立自然公園時代の四角いペナントを購入しました。
現在売店は残念ながら焼失しております。

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